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他人事ではない「青少年条例改正」

沢田登志子 一般社団法人ECネットワーク 理事




2010年3月12日に東京都が都議会に提出した「青少年健全育成条例改正案」。ネット関係事業者などに有害サイトへのフィルタリング導入を努力義務と定め、青少年の閲覧を規制する内容を盛り込んだものだ。同改正案に対しては民間団体などから「表現の自由に対する行政介入」と、批判の声が数多くあがっており、改正阻止に向けた活動も進みつつある。ネットを媒体とする通販事業者にとっても決して他人事ではない。ECネットワークの沢田登志子理事に、改正による通販業界への影響などについて話を聞いた。(聞き手は本誌・山ア晋)


問題はフィルタリング規制

――今回、都が検討している改正案の具体的な中身について教えて下さい。
 大きくは2つあります。1つ目が巷でも騒がれている児童ポルノの規制強化。2つ目がネットのフィルタリング規制です。通販業界にとって関連性があるのは後者の方だと考えられます。
一昨年前にも議論を呼んだインターネット環境整備法では、青少年にとって望ましくないサイトにフィルタリングをかける義務を、フィルタリング業者やネット関連事業者などに課しました。今回の改正案はそれをさらに一歩進めたものになり、インターネット環境整備法よりも定義の範囲が広くなっています
 ――規制の対象となる有害情報の定義とは。
改正案では『自己もしくは他人の尊厳を傷つけ、違法もしくは有害な行為を行い、または犯罪もしくは被害を誘発することを容易にする情報』と規定しています。その上で『当該内容を閲覧する機会を最小限にとどめるものとなるように努めなければならない』と定めています。
出会い系などを通じて犯罪に遭うことを防止する内容なので、普通の物販をやっているところにはそこまでの関連性がないのかもしれません
――フィルタリング導入義務はネット関連事業者のみが対象となるのでしょうか。
事業者だけでなく、青少年の保護者に対しても、フィルタリングの提供を努力義務として課しています。もし、保護者がフィルタリング機能を外す場合は"正当な理由"を記した書類を通信事業者などに提出して、了承を得なくてはならないのです

野放図な掲示板は要注意

――改正によって、ネット販売事業者にはどのような影響が出ると考えられますか。
 同改正案は、直接的にネット販売事業者を締め付けるような内容ではありません。しかし、アダルト商品を扱っている事業者は間接的に影響がでてくるでしょう。書籍やDVDを販売している通販サイトは、アダルト商品と青少年商品を同じサイト内で扱っている場合が多くあります。フィルタリング対象のアダルト商品をきちんとサイト内で分別している仕組みができていればいいのですが、仮にそれができていないと、販売サイト全体がフィルタリングの対象となってしまうことが考えられます
――では、どのような対策をとればいいのでしょうか。
誰が見にきているのかサイト側で把握しなくてはいけなくなるため、年齢認証機能などが必要になるでしょう。会員登録で利用者のデータをきちんと確認することも、一つの手段になると思います。
クレジットカード決済の場合は年齢確認する手間も省けますが、いずれにしても、事業者にとっては対応コストがかかってしまうことになるでしょう
 ――一般的なネット販売事業者への影響は何があるのでしょうか。
最近は通販サイトの中で掲示板やSNSに近いものなどを運営しているところがあります。もしも、不特定多数の人間がどんな内容でも簡単に書き込めて、万が一犯罪の温床になると判断されたサイトは、今後、規制の対象になりうることもあるのではないのでしょうか。
大概のところがきちんと監督・管理をしているので問題はないと思いますが、編集されていない野放図な掲示板を持っている事業者は、気に留める必要があるでしょう

過度の規制は消費者トラブルにも

――ECネットワークとして、今回の改正案は社会や通販業界にとって必要な措置だと思われますか。
青少年や通販業界全体のために、(アダルト商品を)ゾーニングすることは望ましいことではあると思います。しかし、それが規制として設けられることは通販企業にとって大きな負担になります。今のところ改正案に罰則規定はないですが、(ネット販売事業者が)指導される口実にはなってしまう恐れもあります。コストにも反映される上、企業活動の萎縮効果が懸念されるところです
――「有害サイト」の判断は個人によって異なる場合もある。
 違法とはいえないのだけれども有害と言わざるを得ないというものはものすごく範囲が広い。当然、情報を受け取る側によってそれぞれ反応も違う。自分の子どもに何を見せるか見せないか、どの情報が有害であると判断するかは、それぞれの家庭のポリシーで自主的にやることだと思います。改正によって、保護者の判断が都に"評価される"という仕組みはとても受け入れがたいものがあります
――過度の規制が、逆に消費者トラブルを生み出す原因になってしまうことは。
 私自身、この業界の中でネット販売に関する消費者トラブルをずっと見てきた立場にあります。ネットの中には変な情報があると認識していない人ほど、『絶対儲かる』などという文言を信じて、詐欺に遭う事例が多くありました。特に、青少年よりも高齢者や年配者の方が被害に合う傾向があるようにも感じています
 ――ネットの世界に免疫の無い世代ほど被害に遭いやすいと。
そういう意味では、保護者が選んだ情報だけを見せ続け、子どもをずっと怪しげな情報から遠ざけて育てていくと『ネットの中には正しいものしかない』という誤った認識が生まれてしまいます。様々な情報を見なければ、判断能力など養えるわけありません。何の免疫もない状態で大人になってしまえば、将来的になんらかのネットトラブルに巻き込まれる可能性が高くなってしまうのではないでしょうか
――規制だけで消費者トラブルを防ぐことは難しいということでしょうか。
もちろん、違法なものがネットの世界から排除されることがベストですが、青少年たちに対しては自分たちでそれを見分ける目を育てることに注力すべきだと思います

通販業界に与える影響は少ない

――当初、改正条例について都では、2010年4月1日からの段階的な施行を目指すとしていました。現在の状況は。
 現在の時点(4月15日)では『継続審議』の状態で止まっています。審議再開のめどについては、はっきりとした目安が出ていないと聞いています。児童ポルノ規制の部分に関して、著名な漫画家や民間団体がマスコミなどを通じて猛反発していることもあり、改正作業の進行が遅れているのかもしれません
――東京都以外で、条例改正の動きはあるのでしょうか。
改正が決まればその広がりは早いでしょう。いったん東京都が決定してしまえば、一都六県で右にならうという申し合わせが首都圏の連絡会議でもあるようです。すでに埼玉などで、一部を条例に盛り込んでいる動きもあります。
ネット販売事業者は地方にもたくさんいるので、我が身になってそれぞれの自治体の動きをみることも大事だと思います
 ――ECネットワークも含め、改正に反対する各業界団体の動きは。
 現在、Eビジネス連合会や教育関連団体などが反対意見を表明しています。ECネットワークとしては、この改正案がネット全体への脅威として感じておかなくてはいけないと捉えています。
しかし、改正反対には賛同していますが、私たち単独で通販業界に警鐘を鳴らす活動というものは今のところしていません。そこまでECと深い関わりがある事案とも言えませんので。コンテンツを持っている事業者に対して、個別に注意喚起などを行っている程度です
――現実的には、改正案が通販業界に与える影響は少ないと見ているのでしょうか。
おそらくネット販売事業者にとっては、関係するところはわずかかもしれません。しかし、先のケンコーコムさんの医薬品のネット販売に関する訴訟の例を取ってみても分かるように、ネット販売業界に対して(行政の)『悪意』が及んでこないとも限らない。昨今は何かというとネットが悪者にされてしまう傾向にありますから。そういう意味では後々、予期していないところで改正の影響がでてくるのかもしれません。

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