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医薬品ネット販売規制問題が示した業界主張の重要性

後藤玄利 ケンコーコム代表取締役×別所直哉 ヤフーCCO兼法務本部長 




6月1日から、ネット販売で扱える医薬品をビタミン剤等の第3類に制限する規制が導入された。規制導入を推進する厚生労働省と薬業関係者等の規制賛成派、これに反対するネット販売事業者との間で激しい議論が繰り広げられた問題だが、規制導入直後から杜撰な対面販売の情報提、ネット販売事業者の大幅な売り上げダウンといった歪みが露見している。依然、拡大を続けるネット販売市場。今後、行政が介入の手を伸ばし、理不尽な規制を掛けてくる可能性は十分に考えられる。こうした状況にネット販売業界がどう対応していくべきなのか、ケンコーコム社長の後藤玄利氏とヤフーCCO兼法務本部長の別所直哉氏に話を聞いた。(聞き手は本誌・後藤浩)


"ネットは危ない"という思い込みだけの論外な話

事業者の「営業の自由」を侵害する医薬品ネット販売規制

――6月からネット販売で扱える医薬品を第3類に制限する内容の省令が施行されました。改めてこの規制の問題はどこにあるとお考えですか。

後藤「まず我々医薬品ネット販売事業者の"営業の自由"を侵害しているということ。そして法の委任範囲を超えて省令で規制するという行政の暴走が挙げられますね。ネット販売に起因した健康被害事故が起こっているわけではないのに、"ネットは危ない"という思い込みだけで業として成立してきたものを潰そうというのですから論外な話です。現実から目を背けた省令としか言いようがありません」

別所「そうですね。それに現実問題として、今回の省令で非常に困る方がたくさんいるということも見逃せません。当社に寄せられた意見を見ると、目の不自由な方は読み上げソフトを使い、十分な情報を得た上で医薬品を購入されている。つまり、ネットは、障害者の方が健常者と同じ水準の生活レベルを手に入れるためのツールになっているわけです。なぜ"営業の自由"が憲法で保障されているのかと言えば、事業主体だけではなく、利益を享受する消費者が大勢いるからです。それを法の委任を超えて省令で規制するというのは許される行為ではありません」
後藤「大体、医薬品販売時の情報提供は対面でなければ認めないというのは、厚労省の勝手な言い分ですよね。ドラッグストア等での情報提供も徹底されていないのが実態ですし。それに、ヤフーさんや楽天さんに出店しているショップは、薬剤師が運営しているものです。薬剤師からすれば、職責として情報提供をきちんとするというのは当たり前で、ネットであれば、なおさらしっかりやる。ネットでも、対面と同等以上に安全に医薬品を販売することができるはずです」

結論ありきの検討会、実績作り以外の何物でもない

――今回の医薬品通販規制を巡る議論では、ネット販売事業者がずっと蚊帳の外に置かれ続けてきました。今年2月に設置された検討会で、医薬品ネット販売がテーマに取り上げられ、ネット関係者が委員に選ばれましたが、結局、検討会としての意見もまとまりませんでした。審議の進め方に問題があったように思うのですが、委員として参画した後藤さんはどのようにご覧になっていたのですか。

後藤「一言でいえば、結論ありきの検討会でしたね。つまり、最初からネット販売を認めないという従来路線を変える気はなかったわけです。それにしても、厚労省のあの検討会の進め方は馬鹿にしていますよね。それまでの検討会の議論を無視して、突然、再改正省令案を提示して検討会の審議を通さずにパブリックコメントを募集しますと言い出したのですから。検討会があってもなくても結論は決まっていたと厚労省が宣言したようなものです」

別所「私は、外から検討会を見ていた立場ですが、最初から結論は決まっていたというのは間違いないですね。あの検討会できちんと結論を出して規制の道筋を変えるというのであれば、開催回数はもっと少なかったはずですし、議論の進め方も最初から違っていたでしょう。恐らく、"ネット事業者からも話を聞きました"という事実を作るためのものだったのでしょう」

――再改正省令案の話が出ましたが、離島居住者と継続利用者を対象に2年間の期限付きで第2類医薬品通販を認めるという過措置の内容については、どのように評価されているのでしょう。

後藤「厳しい内容だと思います。局長通達を見ても、継続購入の該当要件が物凄く細かく書かれていて、結局、通販で医薬品を売ってはならないというがんじがらめの内容ですから」

別所「厚労省が過措置を出さざるを得なかったというのは、それまできちんとした議論が行われなかったことの表れでしょう。内容に関して言えば、全く不十分ですが、厚労省が自ら"きちんとした議論をしてきませんでした"と宣言した点という点で、価値があるのではないでしょうか。また、検討会を立ち上げた理由は、大多数の人が困るという声をあげたからです。再改正省令案のパブコメで、医薬品通販への規制はおかしいという意見が圧倒的に多かったのに厚労省が規定路線を押し通したのは、検討会の設置目的から逸脱した判断としか言えません」

――検討会では、楽天の三木谷会長兼社長の過激な発言も目立ちました。

後藤「私も少し過激かなと感じることはありました(笑)。しかし、厚労省を揺さぶるには、あれぐらいやらないとダメだったと思いますね」

別所「それに、一般の方々がこの問題に気付くのが遅く、昨秋に出た改正省令案を放置していたら、そのまま通りそうな状況でした。その中で厚労省を動かすには、かなりインパクトのあることをしなければならなかった。楽天さんが声をあげてくれたお陰で、一般の方にこの問題に気がついてもらえたところが多分にあったと思います」

ネット業界としての主張を発信できる体制も必要に

――ただ、このままでいくと2年後には、第2類医薬品のネット販売が完全にできなくなります。今後、行政側への働きかけも必要になってくるのではないでしょうか。

後藤「働き掛けをしようとしているのですが、いかんせん厚労省の態度が頑なですよね。先日の規制改革会議の公開討論会(6月17日開催)でも、厚労省は再検討をしないと明言している。あとは司法に訴えるしかありません。当社でも東京地方裁判所に行政訴訟を提起しましたが、厚労省の理屈には相当無理がありますので、その一つひとつを潰していくつもりです」

別所「今の段階で行政に何か働き掛けをするにしても、恐らくできることは限られていますから、司法に判断してもらうのが一番早いでしょうね」

――行政だけではなく、消費者への働き掛けも重要になります。

別所「その部分は、これまで行ってきたサイト上での情報提供が基本になるでしょう。今回の議論を見ていると、消費者代表の方が"ネット販売は危ない"という発言をしていましたが、そもそも、そうした意見が出てくるというのは、医薬品や医療情報に対する情報格差が非常に大きいからなのではないかと思います。なぜ副作用が起き、どうすればそれを防ぐことができるのかという正しい科学的な知識があれば、ネット販売が問題だという話にはならないはずです。当社は、様々な情報を集めて提供する機能を持っていますので、この情報格差をどう埋めていくかを考える必要があると思っています」

後藤「そうですね。一連の議論でも医薬品ネット販売に対する思い込みや誤解が多かったですから、消費者教育的な取り組みは、重要になりますね」

――検討会を通じ経過措置は引き出しましたが、医薬品ネット販売規制強化の流れは変わらず、厚労省や薬業関係団体等の規制賛成派の思惑通りの結果になりました。一連の経緯を振り返って戦略的に足らなかったものがあったとすれば何だったとお考えですか。

別所「まず。あまりにも時間が足らなかったということですね。通常、行政や他の団体と調整をするには、それなりの時間がかかるものです。ネット販売事業者が自主的に安全確保の取り組みをしますと言うにしても、かなり早い段階で根回しをしないと調整は難しい。検討会でも、ネット関係の委員から色々な戦略・戦術が出されましたが、時間不足で活かしきれなかったということではないかと思います」

後藤「今回の改正「薬事法」の検討段階で、予め業界の利益代表者が集まり、どのように業界の秩序を作るかという議論がされていました。今思うと、その議論に乗り遅れてしまったことが大きかった。その段階で既得権益者がネットを潰してしまおうと手を握っていても、それを跳ね返すのは容易なことではありません。初動の遅れというハンディキャップが最後まで尾を引いてしまったと感じています」

――後藤さんは日本オンラインドラッグ協会(JODA)理事長として検討会に出席されましたが、三木谷会長兼社長が委員として出席した楽天も直接の販売者ではありません。その意味では、両者の立場が微妙に異なり、ネット販売業界としての意見を打ち出しきれなかったのではないでしょうか。業界としての意見を主張できる体制作りが必要なのではないかとも思うのですが、いかがでしょう。

後藤「ネット事業者は、もともと独立独歩でいくという人が始めたケースが多く、群れてロビー活動をするようなことを好まない傾向があるのですが、これからは、それでは通用しなくなるような気はします。医薬品通販規制の問題を見ていてもそうなのですが、個々の事業者がバラバラに動いていると既存の業界団体に一つひとつ潰されるということにもなりかねませんから。私自身、今回の件で事業者同士が連携できる部分は連携し、従来以上に業界としての主張を発信していく必要があるのではないかと感じました」

別所「確かに、受け皿となるような集まりがあればいいなとは思いますが、それをすぐに作るのは、なかなか難しいでしょう。というのも、インターネットは単なる通信手段で、それを活用したビジネスが多種多様にあるからです。通販でも、紙媒体もテレビもやっているという事業者はたくさんいる。つまり、ネットは一つの手段にしか過ぎないわけです。その一つの手段を区切って、業界としてまとめるというのは、非常に難易度が高い問題だと思います。今までは、何か課題があるごと事業者が集まっていましたが、それをもう少し組織化できるかといったところが現実的なのかも知れません」

まず、ネット事業者が問題意識を共有することが必要になる

国としてインターネットをどう位置付けるかが課題

――楽天等も含め、ネット業界全体としての主張を発信できる体制作り、団体設置などを話し合う可能性は。

別所「何とも言えませんが、情報を発信していくためには、色々な方がいい。楽天さんもそうですが、他にも一緒に動いてきた方がいますので、何かやるのであれば、多くの方と相談することになるでしょうね」

後藤「これから業界としてどうあるべきかを考えることも大切ですが、経済に占めるインターネットの割合がある程度の規模になっていることを考えると、そろそろインターネットがどのような存在なのかということを明確にしなければいけない状況になっていると感じます。ただ、政治家ですらインターネットを正しく理解していない人がいるなかで、誰がそれを打ち出すのかは非常に難しい問題です」

別所「それは私も同感です。インターネットは単なる通信手段で、色々な使い方がある。今は、代表的に使われているものに色々なことが起きているだけで、使い方が特に限定されているわけではありません。そうしたことも含め、インターネットを産業の中でどう位置付けていくのかがはっきりしていない。だから何か問題があるたびに叩かれ、何か新しいものが出てきて売れそうだと褒められるということが繰り返されているわけです。国としてインターネットをどう位置付けていくのか、もう少し掘り下げて考える必要があると思いますね」

――インターネットの位置付けが明確になったところで、業界としてどうまとまるかを考えると。

別所「まず、問題意識をどこに持っていくかということです。医薬品通販の問題に限らず、何か規制が掛かりそうだといった時に経験がある事業者は問題意識を持てますが、まだそうではない事業者の方が多く、必ずしも業界全体で問題意識を共有できていないというのが実情です。まず、そうした問題意識を共有するところから始めていく必要があると思います。それがなければ、ネットの業界団体を立ち上げたとしても、手を挙げるのは数社だけということにもなりかねません」

後藤「結局、シマウマの群れの遅いところからライオンに食べられてしまうような話なんですよ。群れ全体としては食べられていないと思っていても、実は自分自身が群れの遅いところにいて次に食べられるかも知れない。医薬品規制の問題でネット事業者の方と話をしても、自分たちには全く規制が及ばないと思っている人が多いのが実情です。しかし、経済全体が縮小し、既存の業界も縮む中で、成長を続けているネットを排除しようという力が働いてくる可能性が高いと思います。それに、この一年程度の流れを見ると、"成長しているものは悪だ"という変なバッシングの傾向がありますよね。そうした方向にある限り、いつ変な規制が作られてもおかしくありません。自分たちには規制が及ばないと思い込むのは非常に危険ですね」

別所「そうした傾向はあると思います。"強引な力"の主が既存の業界なのかは分かりませんが」

後藤「政治家の人気取りといったことも考えられますしね」
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