2009.4 無料公開記事      ▲TOP PAGE


ネット深夜受注商品の即日配送を標準サービスに

木川眞 <ヤマト運輸社長>




新規事業者の相次ぐ参入を背景に、依然成長を続けるネット販売イ通販市場。自宅にいながらにしてショッピングを楽しめる利便性が支持され利用者も拡大している状況だが、それが当たり前になるにつれ、顧客はより便利なサービスを求めるようになり、注文した商品を早く届けて欲しいというニーズも高まってくる。これに対しヤマトグループは、深夜受注商品を最短8時間で顧客に届ける「トゥデイ・ショッピング・サービス」の展開を本格化。同サービスを起点にネット販売事業者の"次世代通販"への進化を支援するというヤマト運輸の木川眞社長に話を聞いた。(聞き手は本誌・後藤浩)


◇グループで保有する機能を融合

 ――通販事業者にとって、宅配便は欠かせない存在です。宅配便事業者の立場から、通販業界をどのように見ているのでしょうか。


通販業界と宅配便業界は、お互いになくてはならない存在だと思います。我々宅配便事業者が通販事業者、あるいは顧客にとって便利なサービスを提供することで通販の利用拡大に少なからず貢献してきたと思います。また、その結果として、宅配便の取り扱いも増え宅配便業界も成長してきたわけです。当社も通販事業者と長くお付き合いをさせて頂き、業績にも寄与してもらってきました。通販業界と宅配便業界は、お互いにいい関係にあると言えるのではないでしょうか。

――他の宅配便事業者でも通販事業者の取り込みに力を入れているようですが、ヤマトグループでは、どのような方向で通販事業者にアプローチしていくのでしょう。


ヤマトグループは、「宅急便」のデリバリー機能のほかに、ロジスティクスや決済、システムなど各社が様々な機能を持っています。そこで、グループ全体の戦略として各社が保有する機能を融合し、顧客企業に喜んでもらえる新しいビジネスモデルを作ることに取り組んでいます。通販事業者についても、従来とは少し違うサービス、格好良く言えば、"次世代通販"といったかたちの進化をしてもらえるようなサービスを提供していこうと考えています。

――深夜に受注した通販商品を即日で届ける「トゥデイ・ショッピング・サービス」(TSS)の本格的な展開を始めました。これが通販事業者向けのグループ戦略商品だと。


そうです。通販市場は、ネット販売を中心に拡大していますが、これは自宅にいながらショッピングが楽しめるという便利さが支持されているのだと思います。ただ、それが当たり前になると、さらに便利なサービスが求められるでしょう。ネット販売でも顧客がどんどんせっかちになり、注文した商品を早く届けて欲しいと思っている。そのニーズに応えるために開発したのが「TSS」です。

――「TSS」を開発する際、特に留意された点はありますか。


ヤマト運輸のデリバリー機能と、ヤマトロジスティクスのロジスティクス機能を直結することでリードタイムを極端に短縮化したのが大きな特徴ですが、まず考えたのは、品質を下げずにしっかりとしたサービスを提供することです。どんなにリードタイムが短くても、不安定なものであれば、通販利用顧客の信頼を損ねてしまいますからね。ですから、「TSS」については必ずできるという領域のなかで商品設計をしました。その結果、オートピッキングの機能を「宅急便」のベースに同居させる、或いは隣接させることにより、深夜0時までに受注した商品を最短で翌朝8時、午前5時までの受注商品であれば、当日午後に届けるサービスが安定的に提供できるという確信を持ち商品化したものです。

――「TSS」の展開状況はどのようになっているのでしょう。


2007年10月に「宅急便」の神奈川ベースでオートピッキングの機能を付加した「神奈川販売物流センター」(神奈川県横浜市)を開設した後、08年10月に「三郷販売物流センター」(埼玉県三郷市)、今年年1月から「新習志野販売物流センター」(千葉県習志野市)を稼動させ、関東地区を対象にサービスを提供してきました。また、今年2月に「大阪販売物流センター」(大阪市)を開設し、関西地区でも展開を始めたところです。

――通常の「宅急便」の受け付け時間等を勘案すると、深夜に受注した商品を翌朝に届けるのは難しいと思うのですが。


「TSS」では、通常の「宅急便」とは別に運行している「クリーン便」という深夜便を活用し、深夜受注商品の即日配送を実現しています。「クリーン便」は、送り先を誤った荷物を正しいルートに戻すためのいわばリスク管理の仕組みなのですが、これを顧客の利便性を高めるための前向きなツールとして活用したということですね。今後、「TSS」の導入通販企業が拡大し、荷量が増えれば、リスク料として支払っていたコストが利益を生み出すということにもなります。
また、「TSS」で重要なのは、我々が消費地に近い場所に設置するセンターに在庫を置いてもらうということです。地方の通販事業者やメーカーが遠隔地から商品を送るのではなく、消費地に近いところに在庫を置けば、より短いリードタイムで顧客に商品を届けられるわけです。

――ただ、取扱商品数が多い通販事業者の場合、複数のセンターに在庫を置くと、逆にコストがかかってしまうのではないですか。


確かに、全ての商品を対象載にすると通販事業者にとって相当な分散在庫になってします。ですから、まず入り口の部分として、「TSS」に乗せる商品をある程度絞ってもらい、徐々に対象を広げていく方法を考えています。将来的な話ですが、在庫管理と生産ラインを直結させ、センターから最終の顧客にまで商品を届けることができるようになれば、分散在庫のコストをかけても余りあるメリットが出てくるでしょう。

◇予想上回る「宅急便」取り扱い件数


――基本的な話になりますが、「TSS」の導入で通販事業者にどのようなメリットがあるのでしょう。


まず、リードタイムが大幅に短縮されることで、キャンセル率の低減効果が期待できるということがあります。言い換えれば、通販事業者側にとって受注した商品が実際の売り上げにつながりやすくなるわけです。また、すぐに商品が欲しいという顧客に対するサービスレベルが間違いなく上ることになりますし、顧客に即日配送の良さを体験してもらえれば、リピートも期待できるのではないかと考えています。特に、「TSS」の場合、ネット販売の受注ピークに当たる深夜時間帯に対応しているのが強みですね。実際に夜10時〜深夜0時が受注のピークになっています。

――既に「TSS」を導入している通販事業者で、具体的な成果は出ているのでしょうか。


「三郷販売物流センター」にアパレル系のネット販売を展開する事業者が入っているのですが、極めて順調に推移していると聞いています。実際、「宅急便」の取扱個数も、当初の想定と比べ、1・5倍程度のペースで推移している状況です。通常なら翌日に届かない商品が実質当日に届くという配送リードタイムの短縮が顧客向けのサービス向上が寄与しているものと言えるでしょう。

――それだけの効果があれば、興味を持つ通販事業者も多いのではないですか。


「TSS」の話をすると、「当日配送だけでも凄い」と言って頂くこともあるのですが、現段階では、興味はあるけれども様子見の通販事業者が多いというのが実感ですね。通販事業者側では、夜中に注文した商品を翌朝届けてほしいという顧客ニーズがどれだけあるのか、まだ捉え切れていない部分があるようです。ただ、「TSS」を導入する通販事業者は着実に増えており、「三郷販売物流センター」でも、先ほどのアパレル系ネット販売事業者1社で稼動を始め、現在では他に10社程度が利用しています。

――ターゲットとしている通販事業者はありますか。


やはり健康食品や化粧品ですね。こうした商品はかさかさ張らないため、オートピッキングに馴染みやすい。また、顧客が注文をし忘れ、あと何日分しか商品が残っていないからすぐに届けて欲しいというニーズがあるでしょうから、相性のいい商材だと思います。

――今後、「TSS」の導入通販事業者を獲得していく上で、何が重要だとお考えですか。


まず、既に「TSS」を導入している通販事業者から評価をしてもらうことでしょう。やはり同業他社の成功事例がサービス導入の大きな判断材料になりますからね。
また、「TSS」の導入企業が増え、深夜受注商品の即日配送が定着すれば、恐らく他の宅配便事業者も追随してくるでしょう。品質の面で間違いないと言われるようなレベルにするまでに時間が掛かるとは思いますが、それまでに他社には真似ができないようなオンリーワンのサービスに育てていかなければならないと考えています。

◇サービス展開エリアの拡大を加速


――既にリードタイムの部分で優位性があるわけですが、オンリーワンのサービスに育成するために何に取り組んでいくのでしょう。


時間のメリットだけではなく、さらにセールスポイントを付加していくということですね。

――具体的に考えているものは。


例えば、消費者も関心を持っているゴミの排出問題。当然我々も問題意識を強く持っており、ゴミの出ないデリバリーサービスということを考えています。これについては、グループ企業のヤマト包装技術研究所が開発する梱包資材を活用することで実現は可能だと考えています。
もう1つポイントになるサービスが"選べる通販"。これは、衣料品等で予め複数のサイズ・色の商品の注文を受け付け、顧客が商品を試着して必要な商品を購入し、後は返品してもらうというもので、返品されたものについても、必要であればラッピングをし直し、商品に汚れがついていたら、それもキレイにする。そうしたところまで、視野に入れてサービスの提供を考えています。こうしたサービスは絵空事ではなく、既にこのようなサービスを提供するための機能をヤマトグループで持っています。また、今後「TSS」の導入通販事業者が増えれば、新たな付加価値サービスを提供できるでしょう。

――導入企業の増加で提供できる付加価値サービスとはどのようなものですか。


今、同じセンターに在庫をしている複数の通販事業者に対し、1人の顧客から注文があった際、商品を同梱してお届けするというサービスです。通販事業者でも同梱を考えているところはあると思いますが、相手先との兼ね合いもあり、通販事業者自身で実現するのはなかなか難しいのが実情でしょう。そこで、「TSS」を通じ、同梱のインフラを提供する。商品の同梱によるコスト的なメリットは大きいですし、きっと顧客にも喜んでもらえるはずです。そのためには、まず「TSS」をもっと使ってもらえるようにしなければなりません。

――今後の計画をお聞かせ下さい。


ヤマトグループでは、「TSS」の展開を通じ、深夜に受注した商品の即日配送をネット販売の標準サービスにしたいと考えており、展開エリアの拡大を積極的に進めていく計画です。センターの運営を担当するヤマトロジスティクスでは来年度、オートピッキング機能のついた拠点を7カ所新設する予定で、九州や中部、東北で「TSS」の展開を始める予定です。「TSS」の最大の特徴は、リードタイムを大幅に短縮した点にありますが、それだけではなく、全てのものが時代背景に通じるような高付加価値のサービスを提供していきたいと考えています。

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