2008.9 無料公開記事      ▲TOP PAGE


TBS、ソニーの旧小売り企業群を210億円で買収

――ECを含む小売り事業強化へ




東京放送(TBS)は7月31日、スタイリングライフ・ホールディングス(SLH)の発行済株式の51%を取得し、連結子会社化した。「SLH」なる会社。あまり聞きなれない読者も多いことだろうと思うが、このSLHにTBSは210億円もの大枚を投じて、過半数の株式を取得した。その目的とは何か――。それは本業であるテレビ放送以外の収益の確保にあるという。ここでいう放送外収益とは、いわゆるECを含む「小売り」だ。 TBSのみならず、テレビ局は現在、放送外収入の確保に全力を挙げている。その背景にはインターネットに代表される新メディアの台頭による放送収入の先細り感がある。このため、キー局を含むテレビ各局は自社テレビ通販やEC事業などを積極化し、目減り傾向にある本業の穴を補填しようと躍起になっている。 TBSはすでに数年前から着手した不動産事業で一定の放送外収益を確保しつつあるが、買収会見の席でTBSの城所賢一郎専務は「(SLHの買収は)不動産に次ぐもう1つの(放送外収入の)車輪になる」と言い、既存のグループ子会社との相乗効果によるEC事業拡大などに大きな期待を寄せているようだ。TBSが大枚を投じて、放ったSLH買収という一手は果たして、同社の目論み通りにTBSの放送外収益を支える一手となるのだろうか。 この行方はTBSというテレビ局の今後の先行きのみならず、膨大な視聴者を持つ「テレビ局が本気でEC事業を手がけた場合、どうなるのか」を占う上で、格好の事例とも言えそう。EC事業者もTBSの今後を注視する必要がありそうだ。



SLHはソニー系小売企業群


SLHを買収したTBSの目論みに触れる前に、そもそもSLHとはどういった企業なのかを説明したい。SLHとは、旧ソニー系小売企業群の持株会社だ。傘下には輸入生活雑貨の店舗小売りを手がけるプラザスタイル(旧ソニープラザ)」や老舗カタログ通販企業の「ライトアップショッピングクラブ(LUS=旧ソニー・ファミリークラブ)」、化粧品の製造販売を行う「B&Cラボラトリーズ」、化粧品販売の「C&Pコスメティクス」のほか、変り種としてレストラン運営の「マキシム・ド・パリ」がある。傘下にこうした有名な企業群が並ぶ割に意外とその持株会社であるSLHの知名度が低いのは、誕生して約2年という「できたてほやほや」であるためだ。
SLHの誕生の経緯は、元の親会社であるソニーの方針転換にある。上記に挙げた小売企業群はソニーの創業者である盛田氏の肝いりの下、ソニーの事業多角化の中で次々に誕生してきたわけだが、ここ数年、ソニーは本業で苦戦を強いられ、いわば傍流である小売企業群をグループから外し、本業に経営資源を集中させる決断を下した。このため、06年6月に小売企業6社(現在は5社)の経営陣は、日興プリンシパル・インベストメンツ(NPI)に資金援助を仰ぎ、ソニーグループから離脱、持株会社SLHを新設したという背景がある。

単なる弱者連合ではない

SLHとは言ってみれば、ソニーから「戦力外通告」を告げられた小売企業群だ。言わば「弱者連合」のように捉えられなくもない。では、なぜTBSはそうした「弱者連合」に210億円という大枚を叩いて、買収に踏み切ったのか。それはSLHは決してソニーから見限られた単なる弱者連合とは言えない「小売企業」としての高いポテンシャルを秘めているとTBSが判断したためだ。
実際、SLH傘下の「プラザスタイル」は中高生やOLなど幅広い女性層から高い支持を受けており、年商は470億円程度と推測される。また、LUSも老舗カタログ通販企業としての高い通販ノウハウを保有し、年商は100億円を超えていると推測される。こうした傘下企業の小売り事業としてのポテンシャルの高さが放送外収益の拡大を目指すTBSには魅力的に映ったようだ。
SLHの今期(09年3月期)の売上高見通しは約780億円。TBSは同社の買収で単純にこの780億円が連結売上高に寄与してくる。ただ、無論、現状の売上高が目当てというわけではないさそうだ。TBSの狙いはSLHの「小売り」にTBSが展開する既存事業を組み合わせることで、SLHの収益力をさらに高め、TBSの放送外収益を拡大させる戦略を描いているようだ。

媒体と物販ノウハウを融合


では、具体的にTBSはSLH買収後に何を展開していくのか。現在、両社間で業務提携委員会を設置し、具体的な提携に向けて検討に入っており、現状、詳細は不明だ。ただ、そのアウトラインは分かっている。その業務提携委員会で話し合われるという「想定テーマ」は明らかとなっているためだ。
それは@「SLHのライフスタイル・エンタテインメント創出能力およびリアル店舗を通じての番組・コンテンツの企画力・開発力・発信力の向上」A「新たなECビジネス開発、新規メディアにおけるコンテンツ開発・製作における連携」B「グランマルシェとSLHの多角的な協業」C「SLHとの新たな営業手法の開発、ライセンスおよびキャラクタービジネスの強化」D「JNNネットワーク価値の向上」――の5点。
@とDは本業である「テレビの強化」であり、Cはライツビジネスの強化。無論、TBSとすれば、これらがSLHとの相乗効果で最も期待する点であろう。ただ、やはり気になるのはAとB。つまり、EC事業についてだ。今回のSLH買収で実はこのEC事業が一番、相乗効果を狙えるという見方もある。というのも、当たり前のことながらTBSには「テレビ」という強力なメディア。SLHには小売り、通販など「物販ノウハウ」があるためで、これらが組み合わされることで、既存のEC事業者を凌駕し得る新たなメガECサイトが誕生する可能性があるためだ。
ECを含む通販に不可欠なのは媒体とノウハウだ。両輪のパワーが強ければ強いほど、通販事業は比例して、拡大していくといえる。仮想モールの最大手である楽天が無理やりにでもTBSとの経営統合を画策したのはまさにこの点にある。つまり、楽天はモール運営者として、ECのノウハウは持ち合わせているが、更なる飛躍を遂げるのは「テレビ」という媒体が欲しかったわけだ。
TBSが目指すのはまさに「楽天がやりたかったこと」を自らが主導で実践することにほかならない。TBSは自ら地上波を初め、BS、CS、ネット、モバイル、ワンセグなど様々な「媒体」を保有する。一方、SLHには訴求力の高い商品の調達力、MD力を持つプラザスタイルはもちろん、老舗のカタログ通販企業であるLUSなど「小売りのプロ」を抱える。
無論、TBSはこれまでも通販子会社のグランマルシェを通じて、ECを含む通販事業を展開してきた。そして同社は年商100億円を超える規模まで成長を遂げた。ただ、中期経営計画で放送外収入を1500億円まで拡大させると標榜しているTBSにとって、100億円という数字は決して満足できるものではないはずだ。しかし、グランマルシェの母体は所詮、テレビ局であり、物販のプロではない。グランマルシェ単体でこれ以上の売上規模を、しかも短期間で稼ぎ出すのは不可能に近い。しかし、ここにSLHが加わることで、その実現は決して不可能なことではなくなるかも知れない。

グランマルシェとの協業


TBSの媒体とSLHの物販ノウハウを組み合わせた「TBSが描くECの最終形態」は前述したようにまだ、見えない。ただ、すぐにでも実現可能な施策はすぐにでも動き出すようだ。買収会見の席でTBSテレビの信国取締役は物販の強化策として前述した通販子会社のグランマルシェとSLHのLUSとの協業を挙げた。
「当社グループのグランマルシェと、LUSがやっているところは、まったく重なっていない。これらを互いに展開していくことなどは考えられる」とした上で、「グランマルシェは中年女性が主要顧客だし、LUSは中年男性がメーンだ。また、『売り場』である媒体は一方は『テレビショッピング』でもう一方は『カタログショッピング』。商品群の構成も一方は『食品』でもう一方は『アパレル』が中心だ。そういったものを総合的に互いに組み変えていくと、さらに両社の客層が広がるなどの相当なシナジーが出てくると思っている。また、双方の弱みの補完や関連コストの削減などを進めていくことになると思う」とした。
つまり、LUSの顧客や商材、媒体などの「通販ノウハウ」をグランマルシェに移植し、同社を強化する戦略のようだ。「グランマルシェはテレビショッピングにより、瞬間的なリーチを広げられるが、次につなげるのが難しく、常に更地で店を広げていかなければならない。LUSは一人で年間一億円くらい買い物をする顧客もいるくらい非常に固定ファンが多い。我々、TBSグループとしては一度、テレビで接触したお客様と末永く付き合っていく方法をテレビショッピングでも考えていく必要があると感じており、互いに得意なところを共有し、弱点を補完できればと考えている」(信国取締役)としている。
TBSの思惑通りにことが運ぶかは、現状不明だが、いずれにせよ、TBSが本気でECに取り組むことは間違いない。テレビとネットの融合という観点からも、注視すべき競合という意味でもEC事業者はその動向に注目する必要がありそうだ。【編集部・鹿野利幸】

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