2008.3 無料公開記事      ▲TOP PAGE


ネット通販なくして流通業の生き残りはない

浜辺哲也 経済産業省商務流通グループ流通政策課長




昨年11月「電子流通研究会」を立ち上げた経済産業省。国内市場の縮小が見込まれるなか、流通業の活性化策としてネット通販に着目。同研究会を通じ、その活用と振興の検討に乗り出した。これまでリアルの大型店を中心としてきた流通政策の中で、振興策を検討されるようになったネット通販。もはや亜流の存在から脱し、国内流通産業を担うキープレーヤーになっている。(聞き手は本誌・後藤浩)


ネット通販は既に流通チャネルとして確立されている


規制の観点だけではなく、振興策の検討も必要


――昨年11月に「電子流通研究会」を設置しましたが、どのような経緯があったのでしょう。


元々は、流通業全体の中長期的なビジョンを検討する「新流通産業研究会」での議論を踏まえたものです。人口の減少を背景に国内市場が縮小していくなかで、流通業は、生産性の向上、あるいは業容拡大策として海外展開などを考えなければなりません。その手法として電子流通、いわゆるネット通販の活用ということが浮上し、その振興策を検討する場として、「電子流通研究会」を設けることになりました。
特に、大型店に関しては、中心市街地の衰退を背景に「都市計画法」が改正され、1万平bを超える店舗は、市街地以外の郊外に作ってはいけないという全国一律の規制が加わったため、大型店を展開する流通業者は、新たなマーケットを考えることが必要になっています。方向性の1つは、コンビニや食品スーパーなど市街地の小商圏で成り立ち、高齢者でも歩いていけるような業態の展開。2つ目は、海外での事業展開ですね。そして、もう1つがネット通販を通じたネットとリアルの融合という訳です。

――「流通政策課」は、大型店を所管している訳ですが、これまでネット通販の振興策などを考えたことはあったのでしょうか。


「流通政策課」として、ネット通販の振興について考えたことはありませんでした。90年代初めに「流通政策課」ができて以降、流通政策の幅を広げて考えていこうということで、サプライチェーンやEDIの共通化、ポイントの活用などを検討してきたのですが、気がつくと、ネット通販が急成長し、既に4兆円を超える市場規模になっていた。他業態の市場規模は、百貨店が約7兆7000億円、コンビニが約7兆4000億円、GMSやスーパーなど日本チェーンストア協会加盟の流通業が約14兆円です。現状、ネット通売の市場規模は他業態よりも小さい状況ですが、高い成長を続けており、既に1つの流通チャネルとして確立されているというのが我々の認識です。

――これまで、ネット通販と経産省というと、規制面での関わりが目立っていました。


ネット通販が発展途上だった頃は、まず、消費者保護を中心に考えていましたから、事業として育成するというところまでいかなかった。しかし、ネット通販も業界規模の拡大とともに、コンプライアンスの考えがしっかりとした事業者が増えていると思います。そうした点からも、規制の考え方だけではなく、新たなチャネルとして伸ばすことを考えていかなければならないということです。

検討項目は、決済、物流、消費者・個人情報保護、国際展開


――ヤフーや楽天、グーグル、アマゾンジャパンなど、「電子流通研究会」の委員には、そうそうたる顔ぶれが揃いました。委員はどのように決めたのですか。


学識者・有識者は別として、大きく3つのグループで選定を進めました。リアルからネットに入った業者、ネット専業の業者、そして電子流通の基盤を提供する業者です。元々は、リアルの話からネットの検討に入った訳ですが、同じ土俵での話になりますから、リアルからネットに参入した事業者とネット専業の事業者を分けるのではなく、一緒に議論すべきだと考えました。

――「電子流通研究会」では、どのようなことを検討していくのでしょう。


より安心・安全な支払手段、物流の効率化とコスト削減、消費者・個人情報保護、国際展開の4点になります。決済については、ネット通販を利用しない消費者は、やはりネット上でカード番号を入力するのが怖いということが多く、ネット販売の利用拡大といった点からも、より安心・安全な決済手段というものを考えていかなければなりません。
個人情報の保護についても、ネット通販では商品配送などで消費者が個人情報を入力しますから、慎重な取り扱いが求められます。また、個人情報と直接紐付けされていないID等についても、事業者側が自由にマーケティングに活用していいのか、という議論もあります。物流では、コスト削減やグリーン物流の取り組みに関する検討が中心になってくると思います。
また、国際展開では、アジア共通の決済・物流基盤の構築などを検討することになります。

――4つの検討項目のなかで、ポイントとなるものは何でしょうか。


どれも重要な検討課題です。ただ、決済に関しては、制度的な話が絡んできますので、他の検討項目とは若干状況が異なると思います。

――昨年12月に金融庁の「決済に関する研究会」がまとめた中間報告では、電子マネーや代引き等の制度整備に言及していますが、どのように見ているのでしょう。


当初は、電子マネーだけを念頭に置いたものだと考えていたのですが、実際には代引きや収納代行、さらにポイントまで含んだ内容になっていました。恐らく金融庁としては、登録制などを導入し、何かあれば行政が指導するといった業者規制を考えているのだと思います。例えば、コンビニの収納代行は、法的な規制がなくても、特に問題なく機能しています。やはり、規制以前に事業者間のルール作りという考え方があるはずですし、事業者間で業務委託をしている訳ですから、基本的にその取り決めをきちんとすればいいという話ではないかと思います。

標準化した規格を国際的に広げていく戦略を持たなければならない



日本発の"世界標準"を目指す


――国際展開のなかで、決済・物流に関するアジア共通基盤の構築を構想していますが。


ネット通販は、海外に店舗を構えなくても世界中の消費者を相手にビジネスができる訳ですが、決済と物流というリアルの部分の仕組みをいかに構築するかが課題。アジア共通基盤は、この課題の解消を主眼としたもので、既にある国内流通業の海外店舗をネット通販の物流・決済の拠点として活用するという形を考えています。特に、アジアについては、日本のコンビニ事業者が店舗展開をしていますから、決済・物流拠点としての期待が大きいですね。これから議論を行う予定で、現段階で方向性をお話することはできませんが、非常に大きな検討課題と言えます。

――物流では、どのような取り組みを考えているのでしょう。


物流の効率化、コスト削減については、ネット通販事業共通の課題ということもあり、委員の関心も高のですが、方向性としては、電子タグの活用や受発注システムの標準化、グリーン物流の取り組みなど、リアルの物流と同様の必要になると思います。
特に、ネット通販の場合、消費者に商品を宅配する関係で、環境負荷をかけやすく、包装資材などの資源のムダも発生しやすい。ですから、グリーン物流の取り組みを通じコスト削減を図るということが重要になってくるでしょう。消費者の環境意識も高まっていということもあり、委員もグリーン物流に対する意識していると感じますね。

――国際展開を考えると、海外でも通用する仕組みを構築する必要がありますね。


そうですね。その部分については、研究会の会合で、イオンの常務執行役員でグループIT担当をされている縣厚伸さんにプレゼンテーションをしてもらいました。縣さんは、リアルの流通業界のリーダーとなってEDI標準化などに取り組んでいる方なのですが、その背景には、ウォルマートやカルフール、メトロといったグローバルリテーラーがITインフラの標準化を進めていることがあるそうです。普段はライバル同士でしのぎを削っている各企業がITのインフラを公共財と考え、"協調"して標準化に取り組んでます。そうした国際標準の流れに取り残されてはいけないということで、他のリアル流通業などと連携して取り組みを行っているのですが、これは、ネット通販の世界でも同じことが言えます。
ネット通販も、どこの事業者がデファクトを取るのかということに気を取られていると、世界の流れに取り残されてしまいかねません。業界として物流コストの削減を考えようとした場合、事業者同士の"協調"が必要になるでしょう。
業界が成熟してくれば、個々の企業が差別化のために何かを作るというのではなく、ベストプラクティスを選ぶ形になります。少なくとも、リアルの世界ではそうなりました。縣さんにそうした話をしてもらったところ、委員からも「標準化について、スピード感を持って検討すべきだ」という意見が出されました。

――「電子流通研究会」でも、世界標準作りを目指す形になるのでしょうか。


ネットの流通・物流のことを考えると、ほとんどクロスボーダーの話が関わってきますから、やはり日本国内だけの標準化ではなく、国際標準ということを考えていくことになります。既に、バーコードや電子タグにも国際標準がありますが、ネットの世界でも、日本が先に動けば、日本発の仕組みが国際標準になることも夢ではないでしょう。「電子流通研究会」での検討結果をもとに何かを標準化するにしても、国際的に広げていく戦略を持たなければならないと考えています。

――「電子流通研究会」での検討結果をもとに、個人情報保護などで何か新しくルールを作ることになるのでしょうか?


その部分に関しては、慎重に考えていきたいと思っています。『電子流通研究会』で出た課題を項目ごとに整理し、より専門的な分科会やワーキンググループに落とし込むことを計画しています。内容によっては、ガイドライン化や準則の作成、あるいは審議会で検討することもあると思いますが、具体的な中身をどうするかについては、4月以降の次のステップで検討することになります。

――行政の立場から、今後のネット通販が流通業界のなかで、どのような役割を果たしていくとお考えですか。


日本の消費が量的に縮小していくことを考えた場合、個人消費の活性化が経済成長を図る上で重要になります。その起爆剤の1つとしてネット通販にもっと伸びていってもらいたいですね。消費者の利便性の観点からも、ネットの流通は不可欠だと思いますし、将来的には、ネットの参入がリアル店舗の売り上げの維持・拡大策になるかも知れません。
商売を行っていく上で生産性の向上、或いは顧客満足の追及ということをしていかなければ、淘汰されてしまいます。その意味では、ネット通販を上手く活用できない流通事業者は、生き残りが難しくなるかも知れませんね。


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