2007.11 無料公開記事      ▲TOP PAGE


公取委が粛々と進める"誇大表現"への"課徴金"導入

――"商品説明""広告表現"、一度のミスが命取りに?




誇大表現には課徴金を課すべき――。公正取引委員会が来年の通常国会の提出を目指し、独占禁止法改正の策定作業を進めている。独禁法と聞くと、談合やカルテルなどに対しての規制の色合いが強く、ことECに対しては、無関係にように映る。ただ、独禁法が改正されるということは、同法の特例法で過大な商品説明や広告文言を取り締まる「景品表示法」への何らかの影響を及ぼすことになりそうだ。
中でもEC事業者が注視しなければならないのは、公取委が10月16日に公表した独禁法改正等の基本的考え方の中にある「一定の不当表示を行った事業者への課徴金の導入」という文面。下手をすると、一度の広告表現の「やりすぎ」が当該事業者の息を止める状況が現実味を帯び始めてきた。



通販に密接な景品表示法

今回の独禁法改正に伴う不当表示への課徴金導入案が、いかにEC事業者にとって脅威なのか。それを触れる前にそもそも独禁法、景表法とは何かを説明したい。独禁法は正式名称を「私的独占の禁止および公正取引の確保に関する法律」といい、企業間での公正な競争を促進し、消費者の利益を確保するために制定された法律だ。
同法は基本的には談合やカルテル等の取り締まりが主。ECを含む通販に密接に関わってくるのは、独禁法の親子法である「不当景品類及び不当表示防止法」、つまり景品表示法だ。
景表法は、「商品やサービスの販売などに関して、不当な景品や不当表示による顧客誘引の防止」を簡便に運用するために、簡単に言えば、運用しにくい独禁法ではなく、特例法として制定。ECを含む通販企業に直接関わってくるのは同法となる。景表法の中でも通販事業者にとっては、「景品」関連ではなく、商品説明や広告の「表示」関連の「不当な表示の禁止」がビジネスに直結してくる問題となる。
これに違反する表現を行うと、その違反の度合いによって「注意」「警告」「排除命令」が公取委から当該企業に下される。どの処分も当該表現を止めることが前提となるが、「注意」の場合は文字通り、注意にとどまり、世間に知られることはない。「警告」はケースバイケース。ただ、最近は社名公表される場合が多い。最も重い「排除命令」では確実に社名公表され、また、全国紙等への「お詫び公告」等が必要となる。

社名公表だけでは効果が薄い?

「警告」または「排除命令」を受け公取委から社名公表された企業は、ほぼ例外なく、一般紙を含め、マスコミに事件として報道され、消費者の信用を著しく低下させる。また、景表法は基本的にはあくまで「表示」に対しての処分であり、商品そのものはこの場合、別物となる。ただし、これまで違反事例を見ると、だいたいの企業は処分を機に、当該商品の販売を止める。つまり、景表法で処分を受けると、顧客離れや販売機会ロスなど当該企業の収益に様々な直接、影響を与える。
これはこれで「まっとうな企業」にとっては十分過ぎるほど、効果のある処分であるが、「まっとうではない企業」の場合は必ずしも効果があるとは言い切れないようだ。要は処分を受けても、また、サービス名や社名を変えて、確信犯的に同じような誇大表現を用い、不当な利益を得る輩も存在するためだ。
不当に儲けた金を課徴金で吐き出させ、悪質業者を再起不能にする――。この考え方が恐らく、今回の独禁法改正案に盛り込まれた不当表示への課徴金導入につながったものと見られる。

課徴金の適用範囲を拡大

今回の独禁法改正案では、独禁法本方か特例法である景表法に盛り込むかどうかは別にして、従来、談合やカルテルでは導入していた課徴金の適用範囲を「不公正な取引方法」(不当公告表示や優越的地位の濫用など)まで拡大。「一定の不当表示」をした企業、つまり、「排除命令」処分を下した企業に課徴金を課す方向で検討しているようだ。
課徴金の額の詳細は現状、不明。ただ、公取委によれば「ぎまん的行為により増えた売上高を推計して算出。これをもとに、違反抑制のための適切な算出率を設定する」としている。また、課徴金を課すことができる違反事件の除斥期間(時効)も不明。ただ、談合・カルテルの除斥期間は今案で3年から5年に延長されたため、不当表示に関しても5年となる可能性も高い。
不当表示への課徴金導入により、過去5年に遡って、不当に儲けた利益に課徴金を課すことができれば、公取委の狙い通り、悪質業者の根っこを絶ち、排除することができるかも知れない。そうなれば、市場の健全性が増し、結果としてマーケットの拡大につながる。ただし、不当表示への課徴金適用は一般のECを含む通販実施企業にとってはむしろ、危惧すべきことの方が多い。

「悪質業者だけに課徴金」でない

前述の通り、現在までのところ、「排除命令」を下した企業に、一律で課徴金を課すのか。また、明確な課徴金額の算出方法、時効期間は不明だ。ただ、仮に排除命令を下したすべての企業に、当該表現を用い、販売した商品の収益を過去5年間分、課徴金として徴収するのであれば、事業者は文字通り、再起不能となる場合が出てくる。
怖いのは「排除命令」が下る事業者のすべてが必ずしも、悪質業者だとは限らないということだ。公取委が今年6月に公表した06年度の「景品表示法」の事件処理件数は、排除命令が32件。これは過去33年間で最多となっている。公取委は今年度から景品表示監視部門を増員するなど、監視・処分体制を強化している。
これを受けて、これまでは問題視されなかったケースでも監視強化の一環で「排除命令」を下すパターンが増えてきている。直近の「排除命令」を受けた企業のうち、ECを実施している企業を見てみると、カタログ通販大手のベルーナやフェリシモ、老舗百貨店の高島屋、テレビ通販専門放送を行うQVCジャパン、酢を使った健食通販で知られるやずやなど、社歴も長く、年商も1000億円を越えるような企業の名前が挙がる。「排除命令」を受けた以上、企業にも非はあるだろうが、こうした企業は市場から排除されるべき、いわゆる「悪質業者」と言い切っていいのだろうか。
複数の商品を販売している企業の場合はともかく、「やずや」のようなほぼ単一商品で通販展開しているケースでは、まさに再起不能となる。やずやの年商は300億円を越えるが、その多くは主力商品の「熟成やずやの香醋」で稼ぎ出している。そして、同社は昨年7月にまさに当該商品の広告で排除命令を受けているが、こういったケースの場合、「300億円の3%(小売業の最大課徴金算出額)×5年」で課徴金は45億円となる可能性もある。間違いなく、こうしたケースでは当該企業は市場から姿を消す。

「意義申し立て」は難しい

企業存続の危険を孕む「排除命令」に対し、文句を言いたくなるのは企業の道理だ。ただ、現状、「排除命令」を受けて、それを覆すのは、かなり難しいと言わざるを得ない。現状でも制度として、公取委から「排除命令」を受けた後、1カ月間は処分を受けた事業者は「審判請求」で不服を申し立てることができる。審判は「公取委の審判官」が処分の妥当性を判断。事実上、裁判の第一審にあたり、是非を「審決」の形で示す。問題なのは、言わばこの裁判の検事と裁判官は公取委が兼ねている点。これについては経団連からも不服の声が挙がっている。
もちろん、審決にも不服な場合、高等裁判所、さらには最高裁判所で争うことができるが、そこまで戦うにはコストも手間もかかるわけで、これまであまり事例はない。これまでの「排除命令」ならば、まだしも企業の存続が関わる課徴金が発生してくるならば、この「審判性」を変えずに進めるのは非常に危険なことだ。この点について、今回の独禁法改正案では審判官に「法曹資格者を含める」としているようだが、実質的には「審判制」は温存するようだ。

EC市場にも影響大

それでも「ECには直接、関係ないじゃん」と思われる読者も多いことと思う。確かに、景表法違反として排除命令を受けた、いわゆるEC事業者は少ない。ただ、それはEC事業者に違反がなかったからというわけでは当然ない。主要通販事業者が参加する業界団体、日本通信販売協会(JADMA)が10月にまとめた「正会員のインターネット広告表示に関する調査結果」によれば、景表法を含めた関連法に抵触する恐れのある表現が散見されたという。しかも、日本の通販をけん引する正会員のネット通販サイトでだ。
具体的には、痩身やアンチエイジング等の薬効を謳ったり、「マイナスイオン化」や「NASAの技術」などの表現を使用した表示。使用前・使用後の顔写真比較などあった。また、「マイナスイオン」「遠赤外線」「光触媒」「ナノ」などの文言で、公取委から実証データに基づく合理的根拠を示せ、といわれた際に提出することができない(提出できないと、即、排除命令)可能性がある商品も多くあったという。
「そんなことが問題になるの」と思われる読者もいるかも知れないが、景表法はこうした表現をやめさせるための法律であり、課徴金が導入されれば、無知から来る過大な表現であっても、確信犯であっても、平等に企業存続を揺るがす事態を誘発してしまう。通販事業者として一定の規模がある正会員のサイトですら、こういった結果が出ているということは、法律に明るくない中小EC事業者に関しては押して知るべしだろう。
また、当然のことながら、ECは通販の一部だ。これまで排除命令を受けた通販事業者も当然、ネット通販を行っているEC事業者である。また、爆発的に市場規模を伸ばすEC市場を行政が注視していない訳もなく、今後はむしろ、野放しに近かったECサイト運営者に排除命令が出ることは想像に難くない。
 今回の不当表示への課徴金導入は「独禁法改正案を通すための"ブラフ"。つまり、『そこは譲歩するから、こっちは通して』という手段として、盛り込んでいるのでは」との見方もある。それだけ不当表示への課徴金導入というのは、慎重さが求められてしかるべき案件なのだ。実際に改正案通りのまま、国会を通るかどうかは分からないが、EC事業者もこの行方を注視しておく必要がある。
【編集部・鹿野利幸】


▲TOP PAGE ▲UP