2006.01 無料公開記事      ▲TOP PAGE

今こそ「破壊と創造」の時

中山茂Webマーケティングチームマネージャー
                       (千趣会デジタルメディア部)


楽天など新興通販企業の足音は、総合通販で最大のネット通販売り上げを誇る千趣会にも、日に日に大きく響く。ネットはカタログを飲み込むのか――。危機感の一方、攻めの"第一歩"として新設した「Web商品開発チーム」。中山茂マネージャーは、カタログに依存しない「破壊と創造」の先に、ネット時代を生き抜く通販企業の在るべき姿を見据える。 (聞き手は本誌・島田昇)

ネット時代の客を惹きつけるのは
「店舗のブランド」としてではなく
「サービス」として記憶に残る売り場

――11月にネット専用商品の開発を手がける「Web商品開発チーム」を新設しました。改めてデジタルメディア部の組織と役割について教えて下さい。

 現在、デジタルメディア部は「Webプロモーションチーム」「Webマーケティングチーム」「Webショップチーム」「Web商品開発チーム」――の4つのチームに分かれています。

 「Webプロモーションチーム」はマーケティング全体も見ますが、主な業務としてはネット広告や検索エンジン対策などでプロモーションをかけることを主な業務としています。

 「Webマーケティングチーム」はウェブ全体のマーケティングをどうするのかについて考えます。紙媒体でのマーケティングは純粋なマーケティングになりますが、ウェブの場合はシステム開発とマーケティングをリンクして考える必要があるので、主な業務としては制作業務、開発業務など仕組みを絡めたマーケティングが中心になります。

 「Webショップチーム」はコンテンツの企画を行っています。カタログで掲載している多数の商材を中心に、ウェブならではの形に再編して見せる役割を担っています。その延長線上で足りない商材がある場合、独自に仕入れも行うことも部分的には行っていました。

 新設した「Web商品開発チーム」は名前だけ見るとウェブ商品開発に特化したチームと誤解されるかもしれませんが、守備範囲としては今まで千趣会がカタログ通販でやれなかったこと全部です。当然、ウェブだけではなくリアルの媒体やその他の手法もすべて含めた展開を視野に入れています。

――「Web商品開発チーム」は現時点でどのような活動をしているのですか。

 7人の専任が現在、ジャンルとしては「ファッション系」「雑貨系」「美健系」「食品系」――4つの大きなジャンルに分かれて動いています。それぞれの開発スピードは違いますが、「ファッション系」はかなり具体的なプランが固まっていて、来年の早い時期にはオープンさせたいと思っています。

 成功するためのポイントは、お客様から見て「新しい」と思ってもらえるかどうかでしょう。「今までの千趣会とは違う」と思ってもらえれば、極端な話、今までの仕入れや物流の仕組みを使っていようがいまいが関係ありません。お客様に新しさを"体感"してもらえることこそ重要です。

――そもそもなぜ「Web商品開発チーム」の新設が必要だったのですか。

 我々はカタログをベースとした総合通販のサイトとしてはすでにかなりのレベルまでコンテンツは進化しており、各社の差はなくなりつつあります。そのいい例は、総合通販各社のトップページ。どこもかなり似ていますよね。これは真似しているうんぬんではなく、今ある形が一番効率良く、お客様にとっても分かりやすい配置だからです。

 一方、世のECが総合通販だけであればいいのですが、今や楽天やアマゾンなどの存在を意識し、広い意味でECを捉えなければならなくなりました。しかも、(旅行、金融、楽曲配信など)我々とは直接関係のないECのコンテンツが急速に伸びています。我々が今後意識しなければならないのは、それらEC全体。

 カタログは発行部数やページ数といった物理的な問題でできることに制限がありますが、ネットの場合、制限はほぼありません。つまり、自由な市場の中で、自由な発想で商品が出てきています。要は、カタログのロジックに沿った形で商品を増やしていっては、新しいロジックで台頭してきたEC企業に、ネット上では敵わなくなるのではないかという危機感があるということです。

 そのため、総合通販としての強みを生かしつつ、かつ、今までの枠組みを超えた商品の企画、仕入れ、物流、制作、プロモーションを含め一環してECを見直すには、「Webショップチーム」とカタログ商品開発担当との協業だけでは難しいだろうと。

カタログは考えなくていい

――以前からネットならではの展開に対応する組織の発想はありましたよね。

 ネットならではの展開は10人程度の組織であれば比較的さまざまなことができます。しかし、我々のような大企業では逆に効率が悪くなる可能性があるので、「果たしてやっていけるのか?」というジレンマは正直、ありました。

 ただやはり、ある程度の規模に発展させるには今までの実験レベルでは駄目。カタログとウェブのシナジーという理想もあったのですが、極端な話、「カタログのことは考えなくていい」というレベルにまで落とし込んで考えなければならないという社としての判断が、今年の途中で下りました。

 まずは一部署のチームというスモールスタートですが、目線の先は1年後ではなく、3年後であり5年後。今までと全く違った視点でお客様に商品を提案するための"第一歩"となります。

求められる本質の向上と原点回帰

――「Web商品開発チーム」が加わることによって、3年後、5年後の千趣会の商品開発はどのような変化を遂げると考えられますか。

 それを語るには千趣会としてではなく、私見が多分に含まれてしまいますがいいですか?私がよくECにおける購買行動の例として出すのが、商品比較サイト「価格.com」の例です。

 例えば、私が安くて品質の良いDVDレコーダーを「価格.com」で探して買ったとします。仮にそれをA店で買ったとしましょう。また次に私がデジタル家電を買おうとした際、購買経験のあるA店で商品を探すのではなく、また「価格.com」に行って商品を探すわけですよ。つまり、私にとって「商品をどこで買ったか」はあまり重要ではなく、「安くて品質の良い商品を買えたかどうか」が重要になってくるわけです。

 これまで店舗やカタログで商品を買う時は「どこで買ったか」が重要でしたが、今後、ECのさらなる普及を考えると、お店のブランドという部分はお客様からどんどん遠くなっていって、「安くて品質の良いものが気持ち良く買えた場所」が重要になってくると思うんです。それは信用であったりサービスであったり品ぞろえであったり、価格だったりするわけで、それらから新しい形のブランドが定着してくるのではないでしょうか。

 ですから、ECが一般的な購買行動として定着しきってしまえば、一旦、既存流通におけるブランドの概念は崩壊すると思っています。ましてや、商材ごとにサービスの質や方向性も違う。本来、商材ごとには適した情報やサービスがあって、これからはそれらをどんどん打ち出していかなければならない。総合通販という括りで、1つのショッピングポータルとしてさまざまなニーズに対する集客やサービスを制御できるのかと言えば、かなり難しいと思っています。

 ECの広がりに従って、我々もそれぞれの商材が適材適所で品ぞろえもあり、サービスもあるという状態へ適合していかなければならないと考えています。それには、今あるカタログの概念を壊して、ECならではの概念でもう一度、通販というものの在り方を再構築しなければならないのではないでしょうか。

 今あるポータルの形が発展するのか、あるいはポータルが分化するのか、それはまだ分かりません。しかし、5年後に通販としてベストなサービスを展開するには、カタログの概念を一旦は壊さざるを得ないでしょう。要は、ブランドとしてではなく、「サービスとしてお客様の記憶に残るような売り場」を提供する必要があるだろうということです。それによってリピーターを育成することが、今後のブランディングの在り方であり、ネット通販の在り方なのではないでしょうか。

 「良い商品」「良いサービス」というのは商売の基本。ですから逆に、我々はさらに"本質"のレベルを上げ、さらに"原点"に立ち返らなければならない。

地に足の付いた展開の一方で
「そんなことまでやっていいのか?」
という発想が必要になる

――それらを追求すると、チームという形では意思決定のスピードなどで弊害も予想されるため、事業部や別会社にする必要性がありそうです。

 きちんと理論構築して提案すれば、(会社の意思決定機関に)すぐに理解してもらえると思っています。当然、やるからには博打的な発想の安直なものではなく、説得材料を十分にそろえるわけですから(笑)。

 別会社化などの発想は、やろうと思えばいつでもできること。やはり当社の強みの部分を全くスポイルして始めてしまうメリットよりも、当社ならではのエッセンスを抜き出し、それをスタート地点のコアとした上でのメリットの方が、大きいでしょう。そのためにチームとしてスタートしているわけです。

 もちろん、先々は当社の強みにとどまらずに商品開発することにもチャレンジしていきます。ただ、スタートは当社ならではの視点に立ち、(新興の)ネット企業などと同じ土俵でスタートする必要はないでしょう。スタート地点は当社の中に設けることで、かなり高い位置からのスタートを望むこともできるわけですから。

 それが成長し、やはり「ベルメゾン」のブランドに吸収されるような形でもいいし、「ベルメゾン」からスピンオフして新事業としての発展を遂げるという形でもいいと思っています。当然、理想的な展開は後者ですが。

理解できない消費を生むモバイル

――特にモバイルの商品開発は既存通販の発想と全く違いますよね。

 これについては、我々が理解できない買い方をされるお客様が多い。私自信、モバイルで商品の良し悪しを判断することはできないと思っていますから、そういう人間が担当してはいけないと思っています(笑)。

 これこそ、スタート地点が当社になくてもいいかなと。当社の発想では出てこないようなことばっかりやっている企業が成功していますしね。「Web商品開発チーム」ではモバイルも視野に入れた商品開発をそれぞれが行いますが、当然、内部だけでは難しいと判断したときには外部から人を引っ張ってくることも十分あり得ることでしょう。

――中山さんは「Webマーケティングチーム」とマネージャーを兼務するわけですから大変ですよね。

 そうですね(笑)。ただ、私は全く両極端なチームを持つことのメリットに期待しています。「Webマーケティングチーム」は全体をきちんと捉えながら、しっかりと地に足の付いた確実なマーケティングをしなければならない。一方、「Web商品開発チーム」はどれだけ今までの固定概念を取っ払って「そんなことまでやっていいのか?」という発想が必要だと思っています。

 ただ、どんなに新しいことをするにせよ、ウェブという土台は同じ。ウェブでどうすればうまく行くのかという仕組みは私が把握しているので、そこの部分の試行錯誤については「Web商品開発チーム」のスタッフに負担はかけさせません。売り場には共通のロジックや仕組みがあるので、彼らには新しい部分だけを考えてもらい、それを乗っける枠組みは「Webマーケティングチーム」で用意するという発想で進めていきます。

 あまり大風呂敷を広げることはできませんし、それは結果を出してからすべきことだと思っています。しかし、7人という少ない人数ながら、これまでのカタログ通販にはなかったことに特化し、次々と新たな通販の形を創造するためのプランニングを行う意気込みです。

<取材後ノート>

 地に足の付いたマーケティングの一方で、固定概念を取っ払った発想を−−。カタログの存在を極力忘れ去り、全く新しい第一歩を踏み出そうとする姿勢を見聞きし、米経営学者クレイトン・クリステンセン氏が著した『イノベーションのジレンマ』が頭に浮かびました。

 競争に勝ち抜いた大企業が、その原動力となる優れた経営のため衰退する進退のジレンマ。このジレンマを克服するための「破壊と創造」が進まず、成功体験が失敗の原因ともなったセシールは、ライブドアの傘下で再建を目指すことになりました。セシールの例とは異なるのでしょうが、創業50周年を迎えた千趣会も今、ある種のジレンマを感じているのではないでしょうか。

 ジレンマを乗り越える上で最も気がかりなのは、変革のスピード。大企業ゆえの組織の"重み"は、機動力で優れるネット企業と競り合う際のデメリットになります。今や大企業となった楽天などの有力ネット企業と比べても、スピードにおいては見劣りします。

 しかし、資本力をテコに相次ぐM&Aで成長するネット企業が、「良い商品」「良いサービス」という"商売の本質"においても成長しているかについては疑問も残ります。ネットが流通に広く深く浸透する今、重要なのは成長を意識した「拙速」ではなく、"本質"を伴った「敏速」。千趣会が敏速かつ思い切った革新を遂げるための第一歩を踏み出した先に、カタログ通販が持つジレンマを乗り越える「解」があると感じました。


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