2004.8 無料公開記事    ▲TOP PAGE

“真っ先のリストラ対象部署”
専任起用で復活

――上新電機



 6月、上新電機(本社・大阪市浪速区、土井栄次社長)のネット通販の生みの親、取締役和田邦雄システム統括部長(当時)の送別会が盛大に開かれた。別れの席で和田取締役は、ネット通販を担当するネットビジネス営業部の精鋭に対してこんな言葉を残した。

 「正直、心残りがないわけでもない。しかし、ネット通販が1人立ちできたことは本当に良かった」――。ネットビジネス営業部は、全社的にその存在を認められる一事業部に成長することができた。

 しかし、つい1〜2年前まで同部に対する会社の見方は、“真っ先のリストラ対象部署”だった。

止まらない機会損失

 上新電機がネット通販を開始したのは96年。まさにネットビジネスの黎明期から取り組みを始めていたわけだが、その内容たるや、惨憺たるものだった。

 画面上には商品画像さえない商品がずらり。それもそのはず。ネットビジネス営業部の人員は、ほかの部署を中心に活動する人ばかり。まだ社会全般的にネットの可能性を見いだしきれていないという状況の中で、ネットビジネス営業部の人員は、誰もがネット通販の仕事を後手後手に回していた。

 上新電機のネット通販は何のためにあるのか――。ネット市場の拡大に対応できないままでいる同社のネットビジネスは、95年のホームページ立ち上げ当初の基盤に、つぎはぎを重ねているのが実情だった。

 そうこうしているうちに、全社的な業績の低迷が重なる。当然、会社としては部署として会社への貢献度と存在感を示せないネットビジネス営業部をリストラの対象部署として最優先せざるを得ない。

 課長が、部長がリストラの対象に――。ネットビジネス営業部の人材は、減少の一途を辿った。ついには社員が5人、パートタイマーが3人。実際の業務は、上新電機のブランドによってもたらされる受注のバックヤード処理をするだけの存在に成り下がってしまった。

 こうした状況下においても、それなりの売り上げはあった。上新電機は近畿圏において一定のブランド力を持っているためで、年々、1億円前後の増収効果はもたらしていた。

 しかし、和田取締役はこの状況を何とかしなければならないと常々思っていた。ネット市場の拡大に伴い、家電製品の小売業ではソフマップが初めてネット通販売上高で100億円を突破。ヨドバシカメラもこれに続いて100億円の大台を大きく超えるという状況の中で、ネット通販の可能性を無視することは、機会損失を出し続けることに他ならなかった。

 実は、和田取締役の頭の中にこれを解決する明確な答えは存在していた。それは、ネット通販の専門部隊を設けることだ。

転機になったタイガース優勝

 ネット通販低迷の元凶はどうしても本腰を入れられない兼務体制にあり――。この答えを具体的な解決策につなげるため、和田取締役は社内を奔走し始めた。

 システム開発担当者、商品仕入れ担当者、事業企画担当者は最低限必要だ。しかも専任で。“真っ先のリストラ対象部署”であり続けるネットビジネス営業部への専任を願うことは、非常に困難なことに映る。しかし、ネット市場の拡大や同社のネット通販の現状を憂いてのことか、人材はすぐに集まった。

 2002年4月、上新電機のネット通販再生計画はスタートした。

 まず、ネット通販のシステムを入れ替えた。基本的にシステムを自社開発するというスタンスに基づき、同年8月まで4カ月の短期間で、ほぼリアルタイムでの在庫確認、受注処理や品数拡大へのフレキシブな対応、ポイントプラグラムのリアル店舗との連動――などをできるようにした。

 8月以降、徐々に売り上げが拡大。固定客もつき始めた。専任の人員による新体制と新システムの下、店舗連動、ネットからの集客、既存顧客へのアプローチ――など、各種の通販に欠かせない活動に日々取り組んでいった。

 こうした流れの中、2003年9月に転機が訪れる。阪神タイガースのセ・リーグ優勝による特集企画とセールを大々的に実施。2002年4月から積み重ねてきたノウハウをフルに活用した。

 その結果、実に前年同月比で約7倍の売り上げ。しかも、その大幅な売り上げ増の勢いは翌月も翌々月も続き、「売り上げも会員数も一桁あがり、そのまま高止まりした」(前川俊昌課長)。

“全国展開する店舗”へ

 しかし、阪神タイガースのセ・リーグ優勝記念セールが成長の起爆剤になったことが示す通り、売り上げの大半は近畿圏の顧客層だ。上新電機のブランドがあるからこそ、同社のネット通販は成長の階段を上り始めたことは否めない。今後のさらなる成長を目指すには、それ以外の近畿圏以外の商圏を開拓することが、ネット通販における命題の1つとなる。それができなければ、将来的に同じ商圏で“店舗間の食い合い”を招かきかねない。

 この突破口の1つとして、現時点で有力なのは成果報酬型広告のアフィリエイトプログラムだ。上新電機のサイトに送客するアフィリエイト先は約1300サイト。仮想モール「ヤフー!ショッピング」にも出店している。アフィリエイトの効果が大きく寄与していると見られ、現時点でリアル店舗のカード所有者と非所有者の比率は「5:5」になっている。

 また、「毎月2万人以上の会員が入ってくるが、近畿圏の顧客が占める比率は徐々に下がってきている」(前川課長)としており、ネット通販は徐々に“全国展開する店舗”の性格を持ち始めたようだ。

 2004年3月期のネット通販売り上げは前期比2.5倍の約20億円。一気に家電量販店のネット通販では準大手と呼べる規模にまで拡大した。今期は30億円を目指している。

 ただ、ヨドバシカメラのような“モンスターサイト”と比べるとまだ規模は小さい。しかも、準大手の家電量販店サイトの数は多い。

 和田取締役の「専任起用」の判断で復活を遂げた上新電機のネット通販。それは企業間競争の中に足を踏み入れたことを意味し、競合がひしめく“もう1つのスタートライン”についた。
(島田昇)


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