2004.8 無料公開記事    ▲TOP PAGE

千趣会のネットマーケティングを語る
――デジタルメディア部
    中山茂Webマーケティングチームマネージャー



 千趣会におけるネット通販の最大の好調要因として、デジタルメディア部の菅原正敏次長が語る「細かなユーザビリティーの見直しの寄せ集め」――。これに関連する話が6月24日、(社)日本通信販売協会(JADMA)の寄付講座「ダイレクトマーケティング論」の第10回講義で語られた。講師はデジタルメディア部立ち上げメンバーの一人、中山茂Webマーケティングチームマネージャー。データ分析の重要性を中心に、“勘”ではない仮説と検証に基づくネットマーケティング戦略を、事例を踏まえて解説した。 【島田 昇】

“重み”が変わったサーバー

 ネット通販を開始したばかりの95年頃、私は足元にあったサーバーを蹴飛ばしてしまい、1週間システムを止めてしまったことがあります。

 しかし、その時にお客様からは何のクレームもきませんでした。千趣会のホームページ(HP)自体、誰も知らないというような状況だったわけですが、社内でも自分たちのHPが止まったことを誰も知らないという状況でした。

 それが現状はと言いますと、2人で始めた部署は30人、協力部署も含めると100人くらいになります。1日の売り上げですが、4月にピークで2億2000万円を記録し、平均で1億円から1億5000万円が売れています。昨年(2003年12月期)の売り上げは246億円、現在の会員数は254万人という状況になっています。

 ですから、仮に現時点でサーバーを1週間も止めてしまったら、約10億円の機会損失になってしまい、私の首は飛んでしまいます。

@マルチチャネル戦略
相互補完が変えるチャネルの可能性

 ネット通販の具体的なお話をさせていただく前に、当社のマルチチャネル戦略について説明しておく必要があります。

 我々は事業のメーンとなるカタログとウェブ、そのほかにショップ(実店舗)の展開をしております。この3つのチャネルのトライアングルによって、お互いの足りないところを補完し合うというのがマルチチャネル戦略です。このチャネル間のシナジー効果をいかに引き出すかというのが、我々のネット事業の大きな課題となっています。

 まず、カタログとウェブの連動についてお話しします。カタログはメーンのものだけで年間40種類を発行しており、これをウェブに引き込むのは有効な手段の1つです。受注コストが削減できますし、お客様は夜中でも在庫を確認してご注文いただけ、マイレージポイントの付与率もウェブだと1.5倍になります。

 ウェブでカタログの情報を補完するということもあります。カタログは紙面のスペースに制限がありますので、より詳細な商品情報や商品を利用しているお客様の声などを反映することができます。

 逆に、ウェブからカタログに誘導するということもあります。ウェブでは個別のカタログの情報を掲載したり、実際にカタログそのものを掲載しているデジタルカタログがあり、カタログごとのメールマガジンも発行しています。これらにより、個別のカタログの特徴をより深くお客様に知っていただくことができます。こうすることで、新聞広告などによるカタログ請求よりもウェブからのカタログ請求の方がレスポンス率は数倍良く、カタログの送付コストの削減にもつながります。

 ウェブにはアフィリエイトプログラム経由などでこれまでカタログを利用したことのなかったお客様がウェブの会員になっていることもあります。こうしたお客様に対してカタログをプッシュできれば、今までにいなかった客層に対してカタログでの提案ができるようになります。

 次のステップにある、カタログとウェブの連携を最初から設計した上でプロモーションするというのが理想形です。まだまだ検討していかなければならないことは多いのですが、「ベルネ工房」などは徐々に成果を出し始めています。

 「ベルネ工房」は物売りの千趣会のコミュニケーションコンテンツとして考えられたもので、ウェブでお客様の意見を収集して商品開発するというコンテンツです。一企画あたりに約半年かけ、1500〜2000件のアンケートに基づいて商品ができます。アンケートに答えた人は「私が作った」ということで買う気満々で、注文が殺到します。これはウェブだけでなく、カタログでも販売します。

 さらに、新しく発行するカタログのターゲットに向け、携帯電話などでアプローチしていくという方法なども、今後、取り組んでいきます。

Aキャッチ&ベース
「単なる倉庫に誰がくる?」

 ではまず、我々のトップページ(http://www.bellne.com/)を見て下さい。ITEMと書かれたカテゴリーがジャンル別の入り口で、カテゴリーごとに潜っていくと大カテゴリー、中カテゴリー、小カテゴリー、商品詳細という構成になっており、1万5000点の商品が整理されています。これは商品の「倉庫」です。

 トップページの左上などにあるコンテンツ群が「倉庫」から個別に商品をチョイスしてまとめた「特集企画」で、セールや商品特集、ランキングなどを掲載しています。これは1企画につき30〜100万円の制作費がかかっており、コンテンツはどんどん入れ替わりますから莫大な制作費がかかります。

 一方、「倉庫」の方は一度作ってしまえば動的な処理ができるのでほとんど制作費はかかりません。

 では「倉庫」と面積の3/4を占める「特集企画」のどちらが売れているのかというと、「1:3」で「倉庫」の方が売れています。「莫大な制作費をかける意味がないのでは」と思うかもしれませんが、それでは「単なる『倉庫』に誰がくる?」ということになり、実際、アクセスは「特集企画」の方があります。

 これを我々は「キャッチ&ベース」と呼んでいます。「特集企画」で人を集め、「倉庫」で売るというように、役割を明確に分けているわけです。

Bベストヒット
店員なしは月4000万円の機会損失

 「倉庫」の階層を潜るごとに仕かけがあります。例えば、「靴・バッグ・アクセサリー」というコンテンツにきたお客様はかなり本気でそれらを買いにきています。そういったお客様に対して淡々と商品を並べていたのでは商品は売れません。なので、カテゴリーの右側は「倉庫」ではなく「お店」になっています。季節やトレンドごとに旬なアイテムをチョイスしてどんどんプッシュしなければなりません。

 さらに中カテゴリーの「パンプス」にまで入ってきたお客様はほとんどパンプスを買いにきているんです。ここまできたら買わざるを得ないところまで追い込まなければならない。ですから、店員が「これいかがですか?」と勧めるように売れ筋の商品「ベストヒット」を掲載しています。

 実際、この「ベストヒット」コーナーだけで月に4000万円売り上げています。1年前はこれがなかったので、この分の売り上げを機会損失していたというわけです。

 パンプスまで潜ると「皮」「合成皮革」「その他」に分かれていますが、これも適当に分けているわけではありません。パンプスを買いに行くお客様は最初に「皮」なのか「合成皮革」なのかを確認するということからこうしています。

 次に「ヒールの高さ」、「サイズ展開」という風に、お客様が商品を買うまでに何を商品選定の優先順位にしているかを分析し、それに即して商品を選ぶことができるようにしています。これは400あるジャンルごとすべてになされています。

Cグッチのクマの法則
反応ゼロの商品がモバイルでは完売

 一方、モバイルはPCと似ているようでマーケティングが全く違い、その1つとして「グッチのクマの法則」と呼んでいるものがあります。

 高級ブランド「グッチ」のクマのぬいぐるみが3万円くらいで売り出され、これをカタログのブランド部隊が50〜60体入荷したのですが、全く売れませんでした。泣きつかれてPCのブランドコーナーに掲載し、メールでも載せましたが、1体も売れませんでした。

 それを1週間後、携帯のメールで販売したのですが、2日間で50体すべて売れました。同じ商品で同じ文言で売っているにもかかわらず、これだけ違うんです。

 商品属性にもよるのですが、要は購買シチュエーションが全然違うんです。モバイルはPCと比べて画面を見る場所も違い、直感型で、リアルタイムです。メールを打つ時間帯にも気を使い、最初の1行の文言で勝負する。このモバイルの性格の1つをグッチのクマの法則といっています。ちなみに最近バカ売れしたのは「ヒールつきビーチサンダル」です。

Dクリックデータにおける行動分析
「じゃあ、トップページにしよう」

 特にカタログがそうですが、今までの分析は「1度売れたからこの商品は売れるだろう」という予測しかありませんでした。ところが、ネットでは「クリックデータ」「売り上げデータ」「分析指数」「顧客属性」などによって分析することで、「いつ」「誰が」「何によって」「どのようなページで」「何を」「どのタイミングで買ったか」というリアルタイムで臨場感ある購買行動を想定することができます。

 具体例を示しますと、ベルメゾンのサイトにおいてピンポイントで最もアクセス数が多いのは、カタログからの商品注文ページです。このページで危険なことは、手元にカタログがある人は、利便性を重視してこのページを「お気に入り」に登録してしまうことです。

 どういうことかというと、こうしたお客様はトップページにあるさまざまな販促コンテンツを見ることなく、単なる注文ページとしてしか我々のサイトにアクセスしないという状況になってしまうのです。

 そのため、カタログの注文ページにもトップページの機能を持たせることにしました。こうすれば、注文ツールとしてアクセスしてきても、トップページにあるコンテンツに興味を持てば、「ちょっと見てみようか」ということになります。

 ここにあるコンテンツの中で1番の人気は「送料無料までもうちょっと」。5000円以上は送料無料なので、仮に買い物の総額が4800円しかない場合、安い商品ばかりを集めたこのコーナーで、200円以上の商品を探すことができます。「送料無料じゃないからまた今度でいいや」というお客様に対し、購買までの後押しをすることがこのコーナーの真意になります。

Eマーケティングプランナー
マーケティングミックスの凝縮体

 これはお客様の行動分析をきちんとしなければ出てこなかったものです。こういった例は多数あり、すべてにおいてお客様がどういう気持ちで行動しているのかということを分析しています。

 お客様の行動分析を辿ると、商品のコンテンツの強みと弱みが分かってきます。強みが分かったらそれをどんどん強調していく、そしてまた分析をかけ、また強みを強調していく。これの繰り返しです。

 データ分析で一番重要なのは、分析に基づいた具体的なコンテンツを作り出し、そのコンテンツ展開の結果のデータをデータベースに回すということを延々と繰り返することです。つまり、仮説と検証の繰り返しです。我々はデータベースの分析とコンテンツの開発は全員でやっており、それも毎週2回やっています。

 データというのは数字の羅列ですが、市場調査に匹敵するくらいの価値があります。こうしたデータを当たり前のもののように感じるようになり、ちょっとしたデータの変化にも気付くようにならなくてはなりません。

 我々にネットのお客様という概念は一切ありません。商品を検索して買いたいという人はウェブの検索を使って買いますし、カタログが発行されたからすぐに見たいという人はデジタルカタログを見ますし、電車の中でカタログを見ているというお客様は携帯電話から注文しますし、寝っころがって商品を見たい人はカタログを見ますし、実際に商品を見たい人は店舗に行きます。これらは全部同じお客様が取り得る行動です。

 ですから、ウェブの仕事は専門的で難しいことではありません。むしろ、さまざまなことに興味を持たねばならず、ウェブだけの分業では成り立ちません。

 マーケティングの基礎である4P(製品、価格、場所、販売促進)は、企業規模が大きくなればなるほど分業で進むんですが、これを全体で絡め合って考えなければなりません。さらには、買い手視点の4C(顧客価値、コスト、コミュニケーション、利便性)の概念も取り入れる必要があります。つまり、ウェブショッピングとは、すべてのマーケティング手法をミックスしたマーケティングミックスの凝縮体なのです。

 ですから、ウェブの仕事で必要になってくるのは商品プランナーや分析マーケターという視点ではなく、マーケティングプランナーという視点です。


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