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次世代ネット販売モデルを提案―マイクロソフトの「認証サービス+付加価値」構想
 

増加し続けるネット販売サイト。ネットショッピングユーザーの楽しみが拡大する一方で、それを楽しむための煩わしさも増え続けている。具体的には各サイトのID管理や新しく訪問したサイトでの個人情報入力などだ。当然、煩わしさが増えればネットショッピングへのユーザー意欲は遠のく。このような問題を解決しようとマイクロソフト(本社・東京都渋谷区、阿多親市社長)は昨年12月17日、「. NET My Services」(ドットネットマイサービス)を発表した。同サービスはネットショッピングに付きまとう煩わしさを解消するだけに留まらない。その構想は画期的かつ壮大だ。ただ、セキュリティー面での問題などの不安要素もある。また、同サービスがネット販売に与え得る影響の大きさに気づき始めた関係者は「寡占的なOS(基本ソフト)のシェアを利用して認証サービスを独占しかねない」としており、物議をかもし始めている。


ネットショッピングの煩わしさ “インターネットの側”で解決

 そもそも同サービスは2000年6月に米マイクロソフトが今後の世界的な戦略として発表した「ドットネット戦略」に始まる。
 ドットネット戦略とはインターネットを利用したソフトウェア提供の包括的な名称で、ユーザーがインターネットを利用する際の利便性を向上させようとするもの。
 例えば、ユーザーが旅行に行きたいと考える。これをインターネット上で手配しようとすると、飛行機の予約に宿泊の予約、必要とあればレンタカーの予約なども必要となるが、これを1つのサイトで完結させるのは難しい。つまり、ユーザーは1つの案件を行うのに、複数サイトを訪れ、その度に個人情報入力などの煩わしい作業を強いられる可能性があるわけだ。こうした煩わしさを「インターネットの側にやらせてしまう」(. NETマーケティング部. NET My Servicesプロダクトマネージャー・磯貝直之氏)というのが、ドットネット戦略の中心にある発想だ。
 こうしたドットネット戦略を具体的に推進するためのサービスやツールが、ドットネットマイサービスであり「.NET Passport」(ドットネットパスポート)や「.NET Alerts」(ドットネットアラート)であり、日本でも昨年末に発売となったマイクロソフトの新OS「ウィンドウズXP」を中心とした関連製品となる。

個人情報「貸し金庫」で一括管理

 まず、ドットネットマイサービスだが、これは簡単にいってしまうと「インターネット上の貸し金庫」(同氏)のようなサービス。この「貸し金庫」に、現状、同社が必要と考える14種類の個人情報カテゴリー(注1)を用意。ユーザーはここに個人情報を格納し、閲覧できる。閲覧するための「カギ」にあたるのが、ドットネットパスポートとなる。
 重要なのは、この情報をユーザーが所有する会社のパソコンや携帯電話などといったあらゆるデバイスからでも閲覧できるということ。また、「貸し金庫」の情報はユーザーの任意で特定のグループで共有したり、特定の人にだけ開示することができるなどと自由度が高い。XML(エックスエムエル・次世代ウェブ標準記述言語として注目されている拡張可能な記号付け言語)やSOAP(ソープ・他のコンピュータからデータなどを呼び出すための通信規約)などの技術で可能にした。
 ドットネットマイサービスの個人情報は、ネット販売実施企業などの同サービス加盟サイト側からでも閲覧できるようになる(注2)。これにより、ユーザーは個人認証や決済なども加盟サイトごとの形式に捕らわれずに一発で行うことができる。住所などの個人情報の変更があったとしても、ユーザーはドットネットマイサービスの情報さえ書き換えれば、複数サイトから均質のサービスを享受することができるというわけだ。

リアルタイム・マルチデバイスでのコミュニケーションが可能に

 ここまではネットショッピングの煩わしさを解消するためのサービスだが、これだけではない。ドットネットアラートと呼ぶサービスでは、サービス提供企業がリアルタイムに、しかも現在通信可能なユーザーのデバイスに対してコミュニケーションを図れるという機能。ネット販売で考えれば、タイムセールのようなサービスが可能になる。
 さらにこうした“次世代のネット販売モデル”は、加盟サイト側で「いくらでも構築することは可能」(同部ビジネスデベロップメントマネージャー・松本雅紀氏)という。例えば、ユーザーが配送日の変更をスケジュールに記したら自動的に配送側にも情報伝達される仕組みや個別のユーザーに特化したサービスなどが、加盟サイト側の応用次第では可能になるのだ。現状、加盟店として参加が決まっている大手通販企業のニッセンは、こうした次世代ネット販売モデルをマイクロソフトと共同で研究している。

デファクトスタンダード化懸念の声も

 しかし、これはあくまでも構想の話。今夏にドットネットアラート、年内に本格始動する同サービスの実現と普及を見るには、問題点もある。
 まずはセキュリティーの問題だ。昨年、猛威を振るった「コード・レッド」や「ニムダ」などのウィルスは、マイクロソフト製品のセキュリティーホール(外部侵入防御の欠陥)を悪用したクラッカー攻撃によるもの。仮にクラッカーの攻撃をドットネットマイサービス管理センターが受けたとしたら、ユーザーのクレジットカード番号などが盗み出される可能性もある。
 こうした不安要素に対して同社は「(ドットネットマイサービスの)サーバー運営はISOの規格を取得しているセンターなどの最高水準の環境で行う」(同部プログラムグループマネージャー・熊谷恒治氏)としている。また、先延ばしになっている個人情報保護法の進展具合によっては同サービスの構想が頓挫する可能性もあるが、プライバシー情報関連の法対策は比較的厳格なものとされている欧州のレベルに合わせるなど、各種対応には注力している模様だ。
ただ、通販業界関係者の注目を集めているのはセキュリティーなどの問題よりもむしろ、同サービスをマイクロソフトが提供するということだ。
 というのは、通販実施企業の中には、既にこうした「認証サービス+付加価値」のモデルに熱いまなざしを注いでいる担当者も出てきている。そうした背景の中、マイクロソフトが持つ知名度と普及しているOSを活用することで、ドットネットマイサービスがデファクトスタンダード(事実上の業界標準)になりかねないと見ているからだ。
 あくまで仮定の話だが、デファクトスタンダード化すると現状のネット販売における関係団体の推奨基準などは形骸化しかねない。形骸化しないまでも、その影響は大きいはずだ。実施企業としても、マイクロソフトの同サービスに関する戦略によっては、今後のマーケティング手法の変革を迫られる可能性もある。こうした認証サービスの主導権を得られた後の先の見えない展開に、関係者は過剰に警戒しているのだ。
 しかし、当のマイクロソフトは今後の行き先を至って冷静に見つめている。同様のサービスを米サン・マイクロシステムズや米AOLタイム・ワーナーが行うことなどを挙げ、「徐々に普及していければ」(磯貝氏)と慎重だ。
 いずれにしても、重要なのは同サービスをユーザーが支持するかどうか。セキュリティー問題や認証サービスの主導権をどこが握るかも注目すべき要素だが、メンタリティー的な問題などから日本のユーザーがこれを支持し、一斉に自らの個人情報をネットの世界にさらけ出すかどうかは、フタを開けてみなければ分からない。

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